「皆は俺が死んだと言う。だがそれは違う。俺は生まれ変わったんだ」
セナフィエフ一族に生まれた男の多くは赤軍に仕えてきた。セナフィエフが18才で軍に入隊したとき、ソビエト連邦はアフガニスタンからの撤退を開始していた。徴兵招集の解除に伴い、セナフィエフは専任での軍役を選択した。レスリングリーグの一員でもあり、その恵まれた体格と戦術眼で多くの称賛を集めた。重火器の扱いと共に、防衛・ブリーチング戦術に主眼を置いた訓練を行っている。同時に、兵器部門で精密工具および金型を扱う技師の見習いとしても活動する。セナフィエフはロシア海軍への転身を申請するが、機密扱いの理由により武装部隊に残ることになった。
「危機的状況にあっても冷静沈着」。アレクサンドル・“Tachanka”・セナフィエフのファイルにはそれ以上の情報はない。したがって、ミーティングでの聴取のほか、現場報告書の内容や訓練中の様子をよく見てからバックグラウンドの精査にあたる必要があると考えた
セナフィエフは、その大胆なユーモアのセンスと豪快な笑い方が特徴的である。無愛想に映ることもあるが、本人に悪気はない。個人的には、その分かりやすさに感謝している[…]チームへの献身性があり、任務中は常に冷静で集中力も高い。とは言え、苛立っている姿を見たことがないわけではない。彼を熱心にサポートするメンバーもおり、セナフィエフもそこに可能性は感じているものの、どう生かせばよいか分からないようだ。彼が圧倒的な武力となりたがっているのは明らかなので、私はアプローチを変えることを提案してみた。チームについて学び、とりわけ自分たちの戦術の穴を見つけることができれば、彼に適した場所が見つかるかもしれないと[…]
妹は医者をやっていて、白衣姿の彼女の写真や、甥や姪、セナフィエフ自身の子供の写真をしきりに見せたがるおかげで、本題に移るのにずいぶん時間がかかってしまった[…]裕福とは言えない厳格な家庭で育った背景もあり、今の彼は人生を楽しむための努力を惜しまない。彼も妹も、自分の子供たちには愛情と笑顔に溢れた環境を与えたいと願っている。一方で、物理的なモノを買ったり所有したりすることは好まず、子供たちにもその点をよく言い聞かせているようだ。これは、彼が離婚したこととも関係しているのではないかと考えている[…]
セナフィエフは母国に忠誠を誓っており、その愛国心が自分の人生にもたらしたものを誇りに思っているが、息子や甥が軍でのキャリアを歩むことには頑なに反対している。彼は「最低限の義務は果たすべきだが、その後は好きなことをすればいい」と話していた。その想いは他の家族や友人に対しても同様で、おのおの自分が必要とされていると思える場所で活躍してほしいと願っている。それは自分自身にも言えることだろう。彼を導けるかどうかは、我々レインボー部隊に懸かっている
– DR.ハリシュヴァ・“Harry”・パンデー。レインボー・ディレクター